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2019/03/31 10:53

『僕がヴィニ・ライリーに会った日』ウィル・ケンプ  最終章



 「あの、コーヒーかなにかどうですか?」

 「いや、いいよ」 彼は口の端で言った。握手した彼の手はとてもか弱く、彼の声は外で降っている雨のようにソフトだった。

 そして、恐ろしいほどの沈黙が流れた。なにか言うことを準備しておけばよかったのに。あまりスマートでなくて、そして見くだす様に聞こえないようななにかを。
 実際に僕はヴィニより背が高く、僕を見上げている彼を見下ろすかっこうになっていた。生まれて初めて、僕は身長が高いのを呪い、小さくなりたいと思った。

 長髪を縛った男性は、僕を軽蔑するように見ていた。でもヴィニと大柄な女性にとっては、こういうのはいつもの重要な通過儀礼であって、僕の次の動きをやさしく待っていてくれているようだった。

 「少しいいですか」 僕は続けて言った。身長をごまかすように前かがみになりながら。

 「あなたは困惑してるでしょうけど、僕のほうがもっとそうなんです」
 彼は防御的な姿勢を崩さずに僕を見続けていた。彼の目がどんどん大きくなっていくように見えた。まるでマンガのふくろうのようだ。彼は集中するため顔を前に傾けていた。彼は僕の言うことを聞こうとしていた。信じられない。

 「とにかく僕はあなたに感謝を言いたくて。あなたの音楽は僕の人生の色彩を豊かで鮮やかなものにしてくれたんです。そして-」
「いやいや」とても小さな巨人はさえぎって言った。「レコードを買ってくれてありがとう」
 彼のコメントは本心からのものに聞こえた。僕の呼吸が止まった。そしてごくりとつばを飲んだ。この会話の神聖な炎が消えないように何かしゃべり続けなきゃ。
 「僕は22年ファンをやっています。でもあなたのライヴを見たことがありませんでした。というか、あなたが本当に生きているのかさえわかりませんでした。なのでとても興奮しているんです。今夜のことでです。いや、ほんとに生きてたとかそうことじゃなくて。とにかく今夜はうまくいくことを願っています」
 とりとめもないごちゃごちゃした言葉が僕から零れ落ちていった。そして静かになった。

 「ありがとう」

 僕は動けなくなった。口が利けなかった。彼の手の浮き出た血管を見る。気がついた。なんて腕が細いのだろう。彼は一回の咳かくしゃみで吹き飛んでしまうようなヴィーガン(厳格な菜食主義者)か放浪者か薬物中毒者のようなやせ衰えた姿をしている。彼はやはり病気なんだろう。彼を脱脂綿に包んだりして、健康に戻してあげたいと思った。
 「ごめん。そろそろやらなきゃならないことがあるんだ」
 「そ、そうですよね。今夜がんばってください。応援してます。ありがとう」
 「ありがとう」 そう言って彼は去っていった。僕は彼のタバコ臭を微かに、そしてとても近くに感じていた。
  僕はそこに立ち尽くしていた。呆然と。まるで、自由を与えられたけどそれを信じないでいる戦争捕虜みたいに。昔からそう願っていて、そうであると思っていたとおり、ヴィニは愛すべき性格だった。
 僕は彼の言葉を心にとどめ、彼の僕へのまなざしを記憶に刻んだ。驚くことに、彼は僕に「感謝している」と言ったのだ。それから、僕は彼にすべきであった100もの質問を考えた。もっとも好きなアルバムは?どこで買い物しているのですか?ギグの前になにか食べ物を買ってきましょうか?
 
 僕はひとりぼっちになっていたピートのところへ、まるで10ウィキット(クリケットのアウト)を取ったように手を挙げて戻っていった。
 「ピート!ヴィニとしゃべったよ!ヴィニと!」
 「見たさ!」 ピートは頭を揺らしながら笑って言った。
 僕はうれしさと安堵で目を閉じた。僕はお祝いのビールを1杯頼んだ。いや、実際は何杯もだけど。




 僕らが会場に戻った頃には、既に前座のアフリカ系の女性アーチスト(※ジョセフィン・オニヤマ)の演奏がちょうど終わるところだった。彼女が演奏していたときは、客が飲み物を買いに席を離れていたので、僕らは席が選び放題だった。僕らは真ん中あたりのブロックに下りていき、厚かましくも最もよい席を占有した。メインのマイクロフォンから5列目だ。
 ピートは僕に、ジャズドラムとエレクトロニクスの関係についてしゃべり、僕はフリーのジャーナリストのように、それをノートに取るふりをした。もし誰かが自分の席だと異議を唱えたりしないように。誰からもクレームは受けなかったけど、会場が埋まっていくとき、立ち退きを受けたカップルが自分たちの不運を嘆いているのがちょっとだけ目に入った。

 とりあえず良い席が確保できてよかったなと思っていると、さっき会った大柄な女性が僕の隣に座ってきた。
 「あれ?どうも」 僕は微笑んだ。「さっき会いましたよね。あなたは家族とか友人とかミュージシャンとかなんですか?」
「私、キャロル」 彼女が答えた。「ここ5年ほどの彼のパートナーなの」
「なんと!驚いたな。さっきはすみませんでした。ご迷惑をおかけしちゃって。でも僕はすごくファンで…」
「いいえ、気にしないで。大丈夫だったわよ。よくあることなの」
僕はちょっとひと呼吸置いて、はやる気持ちを抑えられず「彼はどんなひとなんですか?」と彼女に聞いた。
「たぶん、あなたたちが思っているとおりのひとよ」
「え?どんな?静かな人で神経質で…。蝿も叩けないような?」
「そのとおりよ」 思慮深く彼女は言った。
「でも、本当にいやなやつでもあるわ。今朝のことだけど、私がまだ寝ているのに彼はアルファベットの「H」から始まる魚の名前ってなにがある?って聞いてくるの。そして1時間以上も寝転がったままHで始まる魚の名前を一緒に考えてあげたのよ」
彼女は彼が時々なにかにとりつかれたように夜中にずっと起きていることがあるということも言った。それはファクトリー・レコード倒産によって数年前に彼が経験したお金のトラブルと関係があると説明した。僕は考えた。どうしたら彼をヘルプできるかと。僕は彼女に僕の名刺を渡し、僕がXFMラジオの友人のDJに会ってヴィニをプロモートすることを約束した。
「あら、ありがとう」 「いえいえ」 僕はヴィニの口調を真似て 「ありがとう」 と言葉を返した


 ヴィニがステージに現れた。ひとりだ。ギター・ストラップを肩にかけて、ふらふらとしたかんじでマイクロフォンの前に歩いてきた。熱狂的歓迎に居心地悪そうだった。
 「ハロー」 彼はもごもごと言った。「来てくれてありがとう。楽しんでくれたらうれしいよ。この曲は今夜来ている姪に捧げる。’Spasmic Fairy'」

Durutti Column - Spasmic Fairy 


 「この曲は、さっきバーで会ったナイスガイのために捧げよう」 とか僕は言って欲しかったが、もちろんヴィニはそんなことは言わなかった。
  観客は静かに、魔法にかかったように彼が爪弾くギターの音に耳を傾けていた。天使が地上から聞こえる音楽を聴いて天国から舞い降りてきていた。
 これが僕が初めてのライヴで聴いた最初のトラックになる。フェイヴァリットな曲ではなかったけど待った甲斐があった。

 「LC」からの曲やらないかな、ヴィニがキーボードを弾く間にだれがギターを弾ける人を募ったりしないかな。僕がヴィニといっしょに、邪魔にならない程度にアコースティック・ギターを弾く姿を想像した。僕がギターを弾けないのはわかっているけれど。

 次の曲もまたインストだった。3曲目で彼の囁くようなヴォーカルがちょっとだけ聴けた。
 4曲目になって「オールド・マン」ブルース・ミッチェルが現れた。盛大な拍手。そして、邪悪な主人のスピリットを清めるかのように'Missing Boy'のイントロを叩き始めた。

Durutti Column - Missing Boy


  ヴィニは技巧的なコード進行を聴かせた。彼の存在がどんどん大きくなっていく。照明のライトが彼の赤いシャツに明るく降り注ぎ、ギター・ストラップの下に青紫色の影を作りだしている。ヴィニのリズムとヴォイスに僕の頭と体は動いていた。
  
  僕はヴィニに恋をしているのだ。恋人や愛人としてではなく、彼を幼い弟として。
  彼は虚弱体質の遊び場のよそ者で、音楽教室のオタクで、いつも怒られているか、いじめられているか、風呂に入れてやって十分な食事を与えなきゃいけないようなマンチェスターっ子なのだ。僕はいじめっこの頭をたたいてヴィニに近づかないようにする役割だ。
彼は演奏した。そして僕は聴いた。願わくばだけど、失われた22年を取り戻せる22のトラックを演奏して欲しかったな。
しかし、彼はどんどん疲れてしまったように見え、段々とバンド・サウンドはわけのわからないノイズになっていった。これはアヴァン・ギャルドってやつだな。でも彼の病気がひどくならないように、もしくはこの後の観衆のだれかからのレコード契約申し出のチャンスが失わなれないように、もうステージを降りて欲しかった。

  ともかく夢が叶ったのだ。ヴィニはすばらしかった。そしてギグは終了した。

 家に帰る車の中で、僕はドラッグなしのハイ状態になっていた。願っていたよりもすばらしいパーフェクトな日だった。ドゥルッティ・コラムのライヴを見ただけでなく実際にヴィニに会うことができて、しかも彼にお礼が言えて、彼のガールフレンドの隣にさえ座れたのだ。
 ドゥルッティ・コラムはとにかくすばらしかった。ヴィニは素敵だった。でも、もし彼らがどうしようもない演奏をしたとしても、それでも彼らはすばらしいのだ。
 チケット代15ポンド?僕は1500ポンドでも払うよ。

 「今日はほんとうに感謝するよ」 街灯がきらめき通り過ぎる中、ピートが言った。
「それにしても君があんなに嬉しそうにしているのは始めてみたよ。これから君はギターの勉強しなきゃだな。そしたら君は云々…」
彼の言ってることはたぶん真っ当なアドバイスだったけど、実はよく聞いてなかった。僕は口を半開きにして車の窓から外を眺めていた。アルファベットの「H」から始まる魚の名前を考えながら。


~ 完 ~


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