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2021/05/04 21:21
ロックのアルバムのレコード・ジャケットの中で過激なものの最上位に位置するのはロキシー・ミュージックの「カントリー・ライフ」でしょう。
ロキシー・ミュージックが好きなのにジャケットのせいでお店で買えない。買っても家に置いておくのが憚られる。サウンドはともかくロック少年にとっては大問題作です。
さて、このアルバムというかジャケットに関してよく語られるのが、片方(右)の女性は「性転換した元男性」であるという話です。
まあ、それが事実でも別にいいではないかと思いますが、リリースから40年以上も経ってもその噂が本当なのかどうかはっきりせずに広まったままなのは気持ち悪いものです。実は2021年の最近も、その「元男性説」が書かれた記事を読んだのです。噂は既に否定されている気もするけど、果たして真実はどこにあるのか調査してみました。調査するのは主にネットなんですけど。
ネット時代ですから、とりあえずジャケットの基本情報のほとんどは確認することができます。以下の四つを知っているロック・ファンも多いのではないでしょうか。
1)ジャケットの女性はドイツ人のコンスタンツェ・カローリ(Constanze Karoli)とイヴリン・グリュンバルト(Eveline Grunwald)。
2)ブライアン・フェリーがポルトガルに行ったときに出会った(ナンパした)。彼女らはイヴリンの両親の別荘に滞在中だった。
3)コンスタンツェはドイツのバンドCANのギタリストであるミヒャエル・カローリの妹で、イヴリンはそのミヒャエルの当時のガールフレンド。
4)彼女たちはカバー・ガールとしての役割に加え、カントリー・ライフ収録の「ビター・スウィート」の歌詞のドイツ語部分の訳を担った。
Roxy music - Bitter Sweet
ここまでが英語Wikiやファン・サイトなどの記述です。ちなみに、名前の発音ですが、イヴリンはイヴリネのほうが発音が近いかも。エヴリーヌとの表記も見かけますが、それはちょっと遠いと思います。
さらに掘り下げると
5)イヴリンはCANやメンバーのイルミン・シュミット、ホルガー・シューカイらのアルバムのいくつかのジャケット・デザインを担当している。
「CAN」左からイルミン・シュミット(Key) ホルガー・シューカイ(Ba) ダモ鈴木(Vo) ヤキ・リーベツァイト(Dr) ミヒャエル・カローリ(Gu)
例えばこれ。
CAN - Delay 1968
これとか。これはデザインだけでなくイラストもイヴリン。
Irmin Schmidt & Bruno Spoerri - Toy Planet
有名なこれとか。
Holger Czukay - On The Way To The Peak Of normal
このイラストはホルガーの息子のシュテファン・シューカイ君が描き、それをメインにしてジャケット・デザインしたのがイヴリンです(CAN大全 ー 永遠の未来派より)。
ここまで情報が見つかるのであれば、彼女のプロフィールは簡単にわかりそうですが、彼女自身のHPは無く、またインタヴュー等がどうしても見つからないので実はよくわかりません。
さて、それでは角度を変えて、海外でも「モデルの女性は元男性」伝説はポピュラーなのかを調べてみます。
結論。そんな噂は全く見つかりません。
いやいや、海外のネットで彼女らの元の性別について記述が見当たらないのは、昨今のLGBTへのリテラシーに沿ったもので、敢えてそれには言及していないこともあるなんて考えてみましたが、ここまで無いとそれは考えすぎかと。
一方で、日本語のネットでロキシー・ミュージック関連やカントリー・ライフ関係を調べると、結構な割合で「右片方の女性は元男性」の記述が確認できます。個人ブログしかり、amazonのレヴューしかり。伝説は一般論となっているようです。
雑誌の記事やアルバムの解説インサートにも記載があります。
・右側の黒い下着の女性は、もとは男性である(「ロキシー・ミュージック・ストーリー」『ストレンジ・デイズ』2007年11月号)
・パンティごしにヘアが透けて見える二人の女性、右側は男という説もある(2001年リイシュー盤解説)
でも、これらが書かれた当時は事実を確認しようがなく、(もし間違っていたとしても)評論家の方たちがそう書いていたことを今糾弾するのは当然フェアじゃないです。身近な例として上げただけですのでお許しください。
元男性説は日本語ウィキペディアにも言及がありますが、現在では元男性説は単なる噂で真っ赤な「嘘」であると書かれています。いろいろと問題のあるウィキではありますが、これが結論でいいでしょう。デマですデマ。
では、日本のロック・ファンの間でこの噂はどうやって広まって、どうして一般論化したのでしょうか?
あくまでも私の推測ですが、これは日本のレコード会社が話題作りのためにでっち上げた噂なのではないでしょうか。
その根拠は
セカンド・アルバム「フォー・ユア・プレジャー」のジャケットにアマンダ・リア(昔はアマンダ・レアかな)がフィーチャーされており、その彼女の性別がよく話題にされていたこともあってアルバム自体も話題になった。そして売れた。
という下地があるためレコード会社の営業が
「今度のロキシー・ミュージックの新作、なんか売り文句ない?ジャケットやばいね。なんか右の女の子って顔がごつくて肩幅も広いし、大柄で男みたいだよなあ。じゃあアマンダのこともあるしロキシーならやりそうってことで、カノジョ元オトコってことにしない?」
というギミックを作って販促に利用したのではないかと。けっこう大胆な推理ですが。
もしくはもっとシンプルに、都市伝説的に誰かが勝手に言い出したことが広まったということかもしれませんが。まさか渋谷陽一氏とかがラジオで男性説を言ったりしてないよねえ?
まあ、その情報の出どころはどこかはともかく、この噂が限りなくフェイクである可能性が高いという根拠をさらに見つけました。
カントリー・ライフについての日本語記述をネット検索して片っ端から読んでいくとわかるのが
「片方の黒い下着のオンナは元オトコだっ」
「右の女性は確かに肩幅が広いしオトコっぽい」
「顔があまりにはっきりしていて、輪郭もごつくてオトコだ」
と写真に写っている女性の容姿から推測した元男性説が展開されているのですが……。
~しかしながら
黒い下着の右の女性はミヒャエル・カローリの「妹」であるコンスタンツェ・カローリです。
妹であるということはつまり最初から女性です。元男性なわけないですよね。
こっちがイヴリン・グリュンバルトよ↓ 左のほうね。みんな右側の女性が元男だと思ってたんでしょ? 最初から間違ってます。
ちなみに手をかざしているのは照明に使った車のヘッド・ライトが眩しいからです。
つまり、「ジャケットの女に元男との噂あり」→「右のほうの女はなんか肩幅広くて大柄」→「右の女性が元男性」と連想し、勝手に理解して頭の中で右の女性元男性説を本当のこととして信じた人が多かったということではないでしょうか。
とは言っても当のイヴリンやコンスタンツェによる発言がないので、彼女(たち)が元男だったという噂を完全に払しょくすることはできないでしょう。でも元々海外では噂もないし、話題にもなってないし、そんなことを聞くインタヴューってのもそもそもないから。そこのところはセンシティヴだから触れないんだ、隠してるんだとか言い出したらもうキリがありません。放っときます。
それにしても、あからさまに「元男だってよ~。ふふ」という記述がなんの疑問もなく書かれ続けている日本のネットってどうなん?。
では最後に、2020年に撮影されたふたりのお写真を。Gun Club Musicによる投稿ですが、写真の詳細はわかりません。
向かって左がイヴリンで右がコンスタンツェです。
インスタントに調査し、とりあえずの結論を出してみましたが、実は真実はこんなだとか、もうすでにここに書かれているよ、圧倒的に間違っているよということがあれば教えてください。謝罪し訂正して書き改めます。誰かの名誉を汚していなければ単にデリートするだけですが。
ま、いろいろと伝説のある70年代ロック・シーンは幻想があって楽しいものです。でも、昔の発掘音源が次々とリリースされている昨今、もし今イヴリンやコンスタンツェに「あなたは元男性という噂がありますが」なんて聞く日本のインタヴュアーがいたら恥ずかしいでしょう。変な都市伝説は、可能である限り本当はどうだったのかを解明したほうがいいと思うのです。アメリカ大統領選挙や新型コロナの陰謀論もまことしやかに話され流布し影響を与えました。笑ってすませちゃいけません。
とは言え、出どころのわからぬ怪しい情報に踊らされて思い切り肥大化した伝説で盛り上がっていた昭和プロレス。それはそれで楽しかったけどね。こっちは罪がないか。
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