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2022/10/06 00:20

記憶が呼び覚まされた!そして、新しく知ったことや考えさせられたこともありました。

先日、話題の映画「アザー・ミュージック」を観てきました。



映画は、2016年に閉店したニューヨークの伝説のレコード店「アザー・ミュージック」(Other Music)の、開店からの21年間を振り返るドキュメンタリーで、監督は以前アザー・ミュージックで働いていたロブ・ハッチ=ミラーと、その常連客であったブロマ・バスーのふたり。彼らは、アザー・ミュージックが閉店することを知って急遽カメラを回し始めます。最後の日までの店の風景を中心に、店員や常連客、様々な関係者やミュージシャンへのインタビュー、集めてきた昔のインストア・ライヴの映像などをちりばめて一本にまとめたのが大まかな内容です。

アザー・ミュージックは1995年にオープンすると、そのユニークさが口コミでどんどん広がり、2000年代には(ある種の)音楽の情報発信基地となり、世界中のアーティストがこぞって来店するような有名店になりました。ブレークしたミュージシャンが昔働いていたり、ヴァンパイア・ウィークエンドのような有名バンドがインストア・ライヴを行っていたことでも話題になりました。しかしながら、家賃の高騰や、CDの没落と音楽ソフトの移り変わりへの対応に伴い経営が厳しくなり、2016年に閉店となりました。

私は夏風邪が治ったばかりで、まだ少し残っている咳をこらえながら映画を観ていたのですが、その苦しさもすぐに忘れて映像に引き込まれていきました。頭の中に、今ではほとんど思い出すことのない様々な光景がどんどん浮かんできました。

ほんの一時期ですが、私はこのアザー・ミュージックに頻繫に通っていたことがあるのです。

まだ世界的に有名ではなく、ミュージシャンに影響を与えるほどの力もなかった90年代後半のアザー・ミュージック。そこに行っていたことも含めた、若造だった頃の自分のいろいろなことが頭に浮かんで膨れ上がり、破裂しそうになりました。良いことも悪いこともあったそれらの記憶を吐き出して落ち着くために、アザー・ミュージックのことを中心にした様々なこと(由無し事)を、思いつくままに書いてみようと思います。もう20年以上も前のことですから、事実というより単なる主観の部分が多いかもしれません。長くなりそうです。

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1996年の秋から97年の夏の1年弱の間、私はニューヨークに住んでいました。理由はシンプルに仕事で、日本で働いていた会社のニューヨーク・オフィスの補充要員でした。前任者が突然の退職だったため急遽決まった辞令で、すぐに現地に着任しなければならなかったため、飼っていた猫を世話してくれる人が見つからず、飛行機に乗せてニューヨークに連れて行きました。

ニューヨークのオフィスは日本人のいない職場だったため毎日緊張の連続で、一日が終わるとへとへとになり、着任直後はアパートに帰ってくると夕食も食べずにソファで寝てしまうというような状況でした。でも、冬が過ぎ春に向かう頃には慣れてきて、遊びに行く余裕も生まれました。

コリアン・タウンとインド人街に挟まれた30丁目の築100年のアパートからロウアー・マンハッタンの職場までは、基本的には地下鉄かタクシーでの通勤でしたが、終業時間がきっかり午後5時で残業もなかったので、帰りはバスに乗ったり、歩いたりしていろんなところに寄り道するようになりました。

チャイナタウンを通ってイースト・ヴィレッジやグリニッジ・ヴィレッジ、ソーホーあたりを周り、今日はライヴハウス、明日は本屋、あさってはレコード屋と、わくわくしながら街を歩いたものです。なにもかもが目新しく刺激的で、音楽好き・本好きの私にとってマンハッタン島の下のほうはさながら「(サブ)カルチャー・テーマパーク」のようなところでした。

いろんなスポットに行っていると、自然とお気に入りができます。ライヴハウスのニッティング・ファクトリー、イースト・ヴィレッジやユニオン・スクエアの本屋、安い衣料品店などなど。そんな中で、最も回数を訪れたお気に入りスポットは間違いなくアザー・ミュージックです。あそこに行けば最先端の音楽が聴ける。当時好んで聴いていたジャンルのものは当然のこと、自分の知らない刺激的な音楽に出会えるので、帰り道を少し遠回りして頻繁に寄るようになりました。

でも、アザー・ミュージックに行くようになったのは偶然見つけてとかではなく、日本で買った観光用のガイドブックに載っていて目星をつけていたからです。「地球の歩き方」だったかも。アザー・ミュージックは、開店直後からすぐに人気の店というか注目の店になっていたようです。

アザー・ミュージックはグリニッジ・ヴィレッジとイースト・ヴィレッジのあいだ辺りのノーホー(NoHo)と呼ばれる地域にあり、近くにはニューヨーク大学があるので、街を歩く人たちは若者が多く、まだまだ治安の悪かったニューヨークでも比較的安心して歩ける雰囲気がありました。

そして有名な話ですが、アザー・ミュージックの道を挟んだ対面にはなんとタワーレコードがあったのです。音楽好きとしては2店舗いっぺんにまわれることが単純にうれしいと思いつつ、アザー・ミュージックはなんでここに店を出したのかな、なかなか攻めてるなと思いましたが、店に通うようになって理解したのは、タワレコとは「棲み分け」ができているということです。膨大な数のソフトを売っているタワレコさえ取り扱っていないジャンルの音楽ソフトがアザー・ミュージックにはたくさん(とは言わないけれどそれなりに)売っていました。もちろんタワレコで売っている流行っていた音楽作品も取り扱っていましたが、それはアザー・ミュージックのおめがねにかなったものだったということでしょう。そんな限定したジャンルの購買層を相手にしても店が運営できていたのだからすごい。

初めてアザー・ミュージックを訪れた時に印象的だったのは、そのたたずまいのおしゃれさと店内の狭さです。大昔のことですが、これは鮮明に覚えています。アザー・ミュージックの店舗は、写真や映像を見るとそれほどおしゃれとは感じませんが、私にはなにかこうスノッブな感じがしたのです。埼玉の田舎から出てきた青年にすればそりゃそうです。店内には、普通とは違った聞いたことのない、最先端らしき音楽が流れていて、しかもそれをわかっている店員と客がいるという、ちょっと秘密クラブ的で知的な雰囲気がありました。狭さに関して言えば、これまた映画を観るとそれほど狭いとは感じませんが、色んな人種の客がいたとはいえ、基本的に大柄なアメリカ人で混雑していたので、狭いという感じを覚えたのでしょう。

それからというもの、私は週に2、3日アザー・ミュージックに通うようになりました。ほとんどが会社帰りの平日の夕方で、滞在時間も短め。大人買いなどできるわけないので、吟味した1枚を買ってました。何も買わないことも多かったので、店側から見れば、常連客というよりは、よく見かける客という感じだったでしょう。

その頃のアザー・ミュージックでは、大雑把に言ってアメリカのインディペンデントな作品やマイナーな作品、様々なジャンルの海外(ヨーロッパ圏)からの輸入盤が主な取り扱い作品でした。輸入盤も当然マニアックでアンダーグラウンドなものが多かったです。ちなみに、私が通っていた頃の店の売り物の8割以上は新品のCDでした。レコード棚もありましたが売り場面積は大きくなかったです。

アザー・ミュージックには日本人アーティストの作品もけっこうありました。私がメルツバウの作品を初めて買ったのは日本ではなくアザー・ミュージックででした。灰野敬二の作品も揃っており、4枚組CD「魂の純愛」なんてシロモノを棚に見つけて驚きましたが、もし目の前でこれを買う客と遭遇したら、声をかけてちょっと話をしたいなと思ったものです。

もうちょっと日本人アーティストのことに触れますと、YMOと坂本龍一はヴァージン・メガストアにもタワレコにも在庫がありましたが、アザー・ミュージックには坂本龍一だけあったと記憶しています。ある日、いつものように店を訪れてしばらく店内をぶらぶらしていると、いきなり聞き覚えのある音楽が流れだしたので驚きました。それは坂本龍一のアルバム「B2-Unit」の1曲目「Differencia」でした。

Ryuichi Sakamoto - differencia


カウンター近くの「Now Playing」の棚には「B2-Unit」が立てかけられており、手に取って見てみると、それは今まで見たことのないデジパックのB2-Unitでした。日本からほとんどCDを持ってきていなかった私は、25ドルは高い!と思いつつ購入。後で(というか20年も後で)調べてみると、それは96年にフランスのSpalaxというレーベルからリリースされたものでした。

日本人アーティストの作品をいくつもリリースしていたジョン・ゾーンのTzadik Recordsの作品は、アザー・ミュージックだけでなく、ヴァージン・メガストアにもタワレコにもけっこう揃っていました。フリクションとかルインズとか。ジョン・ゾーンと関係のあった日本人アーティストやバンドの、来日ならぬ来紐育公演がニューヨークでは頻繁にありましたし、本当のところはわかりませんが、ニューヨークではジョン・ゾーンが日本の音楽を紹介するメディアとして重要な役割を担っていると感じました。

というわけで、取り扱い作品のユニークさがアザー・ミュージックの大きな特徴なのですが、映画では、ちょっと変わっているけど音楽に貪欲で知識豊富な店員が何人もいて、客に「推し」の作品をおすすめするということが店の最大の特徴であるという風に描かれています。そこが他のレコード店とは一線を画す部分だったのは真実ですが、なんと私は当時それに気がつきませんでした。今回映画を観て初めて知ったのです。古株の店員であるデュエインはその頃にはもう働いていたはずだし、アニマル・コレクティヴのデイヴ(エイヴィー・テア)もいたはずです(でも使えないやつなのでバックヤードにいたのね)。鈍感と言われても仕方ありませんが、カウンター内にいる人を除けば、普通あれくらいの規模の店内にいる人たちは全員客ですよ。エプロンのようなユニフォームがあるわけではないので店員を見分けるのも難しい。さらに言えば、ニューヨークのレコード店ではタワレコのような大きな店舗でも小さな店ででも、知らない人(客)が「これ最近のお気に入りなんだよ」とか「これ聴いたことある?どんな感じ?」とか普通に話しかけてくるので、アザー・ミュージック内で声をかけて来る人がいてもまさか店員とは思わなかったでしょう。正確に言うと、客が声をかけなければ(おすすめを聞くとか質問をするとかがなければ)店員から声をかけることはなかったように映画では説明されていたようでしたが、私はそもそも人見知りなので、店にいる人と濃いコミュニケーションは取れなかったと思います。英語力も足りなかったし。

おっと、やはり長くなってしまいました。後編に続きます。

後編 ↓

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